遠い北の国に、雪香の森と呼ばれる静かな森がありました。
その森には、雪が降るたびにかすかな香りが漂うと言われています。
花のない真冬なのに、その香りは甘くて、どこか懐かしい。
雪香(せっこう)の森に入ると、誰もが心を癒されるのです。
しかし、森の香りには秘密がありました。
それは雪の妖精「ノエル」が生み出していたのです。
ノエルは夜の静けさに包まれながら、雪の結晶一つひとつに小さな願いを込めていました。
「この雪が降り積もる場所には、平和と安らぎを運びますように」と。
ある日、村に住む少女リラが雪香の森へ迷い込みました。
彼女の心は寒い雪の日よりも冷たく凍えていました。
家族とのいざこざで悲しい思いを抱えていたのです。
リラはふと立ち止まり、森に漂う香りに気づきました。
バニラのような甘さ、木の皮のような温もり、そしてほんの少しだけスミレのような清涼感。
「どうして雪がこんな香りを持つの?」
そのとき、雪の結晶がリラの手のひらに落ち、光を放ちました。
ノエルが現れたのです。
彼はリラに微笑みながら言いました。
「雪の香りは、人の心を溶かすためにあるんだよ。君がここに来たのは偶然じゃない。さあ、この香りを深く吸い込んでみて」
リラはノエルの言葉に従い、大きく息を吸いました。
その瞬間、彼女の胸にこびりついていた悲しみがじんわりと溶けていくのを感じました。
思い出すのは家族との楽しかった日々。
大切な人たちの温かい声と笑顔。
それは彼女が忘れていた、心の中の雪解けでした。
ノエルはリラに語りかけました。
「雪香の森の香りは、君たち人間の優しい記憶が作っているんだよ。いつでも戻っておいで。香りが君を癒し、未来へ導くから」
リラは家に帰ると、久しぶりに家族へ笑顔を見せました。
彼女の中で溶けた雪は、家族を再び温める焚き火となったのです。
そして、雪香の森は今でも静かに降り続ける雪と共に、訪れる人々の心を癒しています。