<啓蟄>虹色の花束

<啓蟄>虹色の花束

春の風がやさしく吹くころ、小さな村のはずれに住むツバキは、一つの花束を作っていた。

柔らかな桃色の桜、黄金色の菜の花、白く可憐なスズラン、薄紫の藤の花。春の訪れを告げる花々を、ツバキはそっと束ねる。
どの花も、それぞれの季節の光を浴びて、美しく咲き誇っていた。

「今年も綺麗に咲いたね」

ツバキは優しく微笑みながら、最後に一輪のカーネーションを添えた。それは遠い昔、旅立った人との約束の花だった。

むかし、この村に旅人が訪れた。道に迷い、疲れ果てていた彼に、ツバキはお茶をふるまい、一晩の宿を貸した。旅人は感謝の言葉を残し、「春になったら、またここへ戻ります」と約束して去っていった。

それから幾度も春は巡ったが、旅人は戻らなかった。
それでもツバキは、毎年この季節になると花を束ね、彼を迎える準備をした。

ある春の日、風が吹き、桜の花びらがふわりと舞った。
そのとき、どこからか優しい声が聞こえた。

「お待たせしました」

ツバキが顔を上げると、光の中に白い着物を纏った青年が立っていた。

「あなたは…?」

「私は、この春の花々に宿る者です。あなたの想いに応えて、ここにきました」

ツバキはそっと目を閉じ、微笑んだ。
手の中の花束は、陽の光を浴びて輝いている。

「この花束を持って、一緒にお茶を飲もうね」

春の風がそよぎ、桜が優しく揺れた。
花束の香りが、穏やかな春の空気に溶けていった。

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