
<清明>萌葱色のカクテル
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四月の夜、東京の片隅にある小さなバー「L’équinoxe」の扉を開くと
微かに柑橘と煙の香りが混ざる空気が、ゆるやかに迎え入れた。
カウンターの奥、磨き上げられたグラスが並ぶ棚の前で、バーテンダーが静かに微笑む。
「今夜は?」
「清明を感じる一杯を」
男は頷き、ゆっくりとボトルに手を伸ばす。琥珀色のウイスキー、ほんの一滴のベルモット、エルダーフラワーの香り。氷の音が静寂の中に響き、慎重に注がれた液体が、グラスの中で淡く光を映した。
「‘Pure Clarity’——清明のカクテルです」
グラスを持ち上げ、ゆっくりと口に運ぶ。最初に感じるのは、春の朝のような清らかな香り。わずかに残る甘みとスモーキーな余韻が、喉を滑るたびに広がる。
「静かな春の夜にふさわしい」
男はグラスを磨きながら、穏やかに言った。
「清明のころ、空気は澄み、草木は芽吹く。冬の曖昧さを洗い流し、すべてがくっきりと輪郭を取り戻す季節です」
扉が開き、ひとひらの桜が舞い込んだ。
沈黙の中、カクテルの最後の一滴が、グラスの底で静かに揺れる。
春の夜は短い。しかし、その余韻だけは、長く続く。